旅館経営はいま、大きな転換期を迎えています。
とくに中型・大型の旅館においては、「客室数を増やして稼働を上げる」という旧来の発想が、かえって経営を難しくしているケースが少なくありません。
清潔であることや客室にバス・トイレが完備されていることは、もはや当然の前提。
近年では客室温泉付きの部屋も珍しくなくなり、「客室だけで差別化することが極めて難しい時代」になっています。
旅館業界は”同質化の渦”を超える魅力が必要に
1. 富裕層の“基準”が上がり、客室の魅力が埋没
日本人の住環境は年々向上しています。
富裕層を中心に「自宅より快適でない部屋に、なぜ高額を支払う必要があるのか」と感じる方も増えています。
30〜40㎡の一般的な客室を“高級旅館”として打ち出しても、現代の感覚では「標準的」あるいは「少し手狭」と受け止められる可能性があります。
こうした認識のズレが、単価上昇を妨げる要因のひとつになっています。
2. 同質化の渦 ― 30㎡客室の過剰供給と競争激化
さらに、同タイプの客室ばかりが並ぶ旅館では、毎日の稼働を維持することが容易ではありません。
30〜40㎡クラスのスタンダード客室は全国的に供給過剰で、競争が非常に激しくなっています。
努力を重ねても“同質化の渦”に巻き込まれ、価格競争から抜け出せない状況に陥りがちです。
特に50代以下の旅行者層は、ホテルやコンドミニアム型宿泊にも慣れており、従来型の旅館仕様に魅力を感じにくい傾向があります。
40代の富裕層も「泊まりたい旅館」が限られており、選ばれる側に回ることは簡単ではありません。
3. 消えつつある“主力顧客層”という構造的リスク
40代以下では可処分所得が限られている家庭も多く、未婚率の上昇もあって家族旅行市場自体が縮小しています。
一方で、価格訴求が比較的効きやすい60〜70代のシニア層はすでに一巡しつつあります。
つまり、「次の主力顧客層が見えにくい」という構造的なリスクが、旅館業界全体に広がっています。
この現実を前提に、新しい収益構造を再設計していく必要があります。
中型・大型旅館が利益を生むために必要な視点とは
1. 「全室同一価格」から「多層的な販売設計」へ
こうした状況を踏まえると、今後は「同じような客室をすべて同価格帯で売る」発想から脱却し、用途・目的・客層ごとに明確に区分した販売設計へと切り替える必要があります。
たとえば、以下のようにターゲットを細かく整理していくと、確実な成果につながります。
| 【ターゲット分類例】 ・ファミリー層向け ・4名以上のグループ向け ・愛犬同伴型 ・アニバーサリー利用のカップル ・コスト重視の2人旅 ・SPA・リトリート重視型 |
2. OTA依存を抜け出すUGC × クリエイティブ戦略
客室タイプを分けた後の「販売促進の仕組み」も鍵となります。
OTA(予約サイト)に任せきりでは、ターゲットごとの訴求が十分に届きません。
各層の利用シーンに合わせたUGC(利用者投稿)を活用し、季節ごとに広告クリエイティブを作り分けていくのが効果的です。
手間のかかる作業ではありますが、この地道な取り組みによって結果的にADR(平均客室単価)の上昇と稼働率の安定へとつながります。
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3. 料理提供こそ再生のカギ
変化の中心にあるのが、「料理提供のあり方」です。
客室数が多くなるとどうしても作り置きの比率が増え、提供のタイミングや温度管理にばらつきが生じます。
昭和の時代であれば、固形燃料で焼くステーキや鍋料理でも満足度は得られました。
しかし今はSNSや口コミで簡単に比較される時代です。少しでも「古臭い」「冷めている」「業務的」といった印象を持たれると、次の予約機会は失われてしまいます。
4. 大型旅館の限界 ― 均一化が個別体験を奪う
富裕層や感度の高いお客様ほど料理への期待値は高く、単純に冷蔵保存した料理では満足感を得にくくなっています。
しかし、旅館の客室数が多いほど調理の均一化は避けられず、結果的に“個別性の欠如”が収益を圧迫してしまいます。
このように、特別な体験や明確なブランド力を持たない大型旅館がこの構造のまま高収益を維持することは、年々難しくなっているのが現実です。
中型・大型旅館が利益を生む3つの具体的な戦略
ここからは、 「部分的高付加価値化」と「構造の再設計」という視点から3つの戦略を提案します。
1. 料理提供の再構築 ― 品数よりも“印象”を残す

現在、多くの旅館で取り組まれているのが、「料理内容の絞り込み」と「提供演出の見直し」です。
客室数が多い施設ほど、品数を減らし地元の食材や季節感を活かした構成、つまり“量”ではなく“完成度”を高める方向に軸足を移すことで、無理のないオペレーションが実現します。
特に効果的なのは、「宿泊客の目の前で最終工程を仕上げる演出」です。
たとえば、炙りや盛り付けをスタッフがその場で行うだけでも、印象は大きく変わります。
1品だけでもこのような要素があると料理の体験が記憶に残り、口コミやSNSでの発信も増えやすくなります。
また、こうした仕掛けは必ずしも熟練の料理人がいなければできないものではありません。
提供オペレーションの一部を工夫するだけでも「手作り感」や「臨場感」を演出できるので、スタッフの属人化を防ぎながら全体の印象を底上げできます。
近年では、冷凍配送やセントラルキッチン方式を導入しながらも、品質を落とさず提供する事例が増えています。
「完全に手作りにしなければ価値がない」という固定観念を離れ、“手作り感をどう伝えるか”いう視点に切り替えることが、旅館再生の重要な一歩といえます。
2. 客室を“分けて売る”という発想
中型・大型旅館の強みは客室数の多さにありますが、それらを必ずしもすべて一括、一律で販売する必要はありません。
むしろ、部分的に区切って小規模な宿として再構築することで、新しい価値を生み出すことができます。
たとえば、温泉付き・サウナ付き・愛犬同伴可など、設備や用途の違いを軸に明確なテーマをフロアごとに設計し、サブブランドにする方法です。
もし、導線を分けられる場合は、まったく別ブランドのように見せることも可能です。
「Private Sauna 別墅〇〇」といったネーミングを与えるだけでも、新しい顧客層への認知が広がります。
そして、これらはOTAで一括販売するのではなく、自社サイトやターゲット広告を通じて直接訴求することが、成約率向上の鍵となります。


特に愛犬家市場はニーズが高まっているため反応が早く、一部の客室をドッグフレンドリー化するだけで、稼働率が劇的に改善するケースもあります。
食事スペースを分け、ペット連れでも安心して過ごせる環境を整えれば、滞在単価の上昇も期待できるでしょう。
そして愛犬家市場はSNSでの拡散力(UGC)も高く、施設の宣伝効果も望めます。
3. 成功事例に見る “部分的高付加価値化” の戦略
再生に成功している宿泊施設の多くは、「全館リニューアル」ではなく、まず一部の客室を高付加価値化することから着手しています。
たとえば、「富士山温泉 別墅然然(べっしょ・ささ)」では、既存旅館の4・5階を切り出して特別フロアとしてブランド化。
同じ建物でありながら、まるで独立した施設のような販売導線を設けることで、新たな顧客層を獲得しています。
既存顧客とは異なる層にアプローチすることで、単価と稼働率の両立を実現している事例と言えます。
また、「ホテルニューアワジ」の「ヴィラ楽園シリーズ」も代表的な成功事例です。
2009年にわずか5室から始まった特別客室が、いまでは館全体の方向性を決めるブランドにまで成長しました。
すべての客室が80㎡を超えるスイート仕様で、温泉露天風呂や広々としたダイニングを備え、「自宅以上の居心地」を実現しています。
少室・高単価モデルがいかに強い支持を得るかを示す好例といえるでしょう。
まとめ―旅館再生の本質は「構造の再設計」にある
結局のところ、旅館経営の再生は、単なるリフォームや広告施策の強化だけでは解決しません。
必要なのは、経営構造そのものを見直すことです。
「同じ時間に全員が動く仕組み」「全員が同じものを食べる仕組み」「全室が同じ仕様の客室」という前提を少しずつ見直し、人時生産性を高める方向へ調整していくことが、持続的な経営につながります。
旅館の文化や歴史を守りながらも、時代に合わせて柔軟に変化していくこと――
それが、これからの宿泊経営に求められる姿勢ではないかと感じます。
私たちも、現場を支える皆さまと同じ立場で、こうした「構造から見直す宿づくり」を一緒に考えていければと思います。
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